日本の食文化で米国市場に挑むスタートアップ起業家たち
2024.09.12 Interview

日本から世界へ、日本の食文化で米国市場に挑むスタートアップ起業家たち

シリコンバレーを中心とする革新的なエコシステムと3億人超の巨大市場。米国は日本企業にとって魅力的な挑戦の舞台です。グローバル展開の足がかりとして多くの企業が戦略を練っていますが、言語や文化の壁、ビジネス慣行の違いなど、乗り越えるべきハードルも高いのが現実。

サイバーエージェント・キャピタルは、2013年にシリコンバレーに拠点を設け、現地のシード・アーリー期のスタートアップを中心に投資活動を行っています。また、現地スタートアップだけでなく、米国市場に挑戦する日本人起業家への投資も数多く行ってきました。そこで今回は米国市場へ挑む、若き起業家たちをご紹介します。

日本品質のラーメンで全米48州を席巻したEC「Ramen Hero(ラーメンヒーロー)」を立ち上げた長谷川浩之氏、新しい米麹由来甘味料「オリゼ甘味料」で米国進出に挑戦する株式会社オリゼの小泉泰英氏、そして両者への投資を担当したCyberAgent Capital 竹川祐也の3名に、米国フード市場での実際の経験と、日本のスタートアップの可能性について語っていただきました。

 

■鼎談者ご紹介

・長谷川浩之氏

2017年に米国カリフォルニア州で「Ramen Hero」を立ち上げ、日本品質の本格ラーメンを楽しめる料理キットを販売し、提供翌年には全米48州に展開。2019年には著名アクセラレータ「AngelPad 」のプログラムを日本人で初めて卒業し注目を集めた。同事業は2023年に閉じ、現在は米国でスタートアップ投資に従事しながら、次なる挑戦に備えている。

・株式会社オリゼ 代表取締役 小泉泰英氏

日本の伝統である発酵技術から、代替甘味料「オリゼ(米麹由来甘味料)」を開発。発酵食品ブランド「フードコスメORYZAE(オリゼ)」の国内事業を加速させるほか、2024年6月末には米国で醤油の製造販売を行うSAN-J International Inc.と業務提携し、米国市場への進出に挑む。

・株式会社CyberAgent Capital(以下CAC) 取締役パートナー 竹川祐也

証券会社、人材紹介会社を経て2004年より未来証券にてベンチャー投資活動に従事しフルスピード等のスタートアップ12社へ出資。2007年IT企業に入社、翌年にCFO、2010年にCEOに就任。2012年CACに入社。シード期の起業家をメインとした投資活動を行っている。

 

■米国市場の魅力

小泉:長谷川さんお久しぶりです。私も「オリゼ」で、米国市場への挑戦を先日発表しました。今日はぜひ「Ramen Hero」の米国でのチャレンジの学びを教えていただきたいと思っています。まず最初に、いきなり米国市場へ挑戦されたのは何が理由だったのですか?

長谷川:米国市場の魅力は、何と言ってもその規模と多様性です。大きなビジネスが作りやすいというのもありますが、私自身は世界に共通する課題を見つけやすい点が大きな魅力だと感じています。
例えば気候変動や貧富の格差などといった課題も、日本にいるよりも米国にいると個人的にはより顕著に感じられます。また、多様性という点でも、様々な人種や文化背景を持つ消費者がいるため、製品やサービスの受け入れられ方も実に多様です。
このような多様性の高い市場で揉まれて多くの人々に受け入れられたプロダクトは、世界の他の国でも通用する可能性が高められ、グローバル展開の良いテストケースにもなるのではないかと考えています。

小泉:なるほど。確かに、私は日本の技術で世界の課題を解決できる可能性を信じていて、オリゼの技術が米国の人々の課題を解決することで、それが世界に広がっていくと思っています。そんな中で、米国の市場の大きさに圧倒されながらも大きな可能性を感じています。ただ、特にオリゼにとっては文化の違いがまず大きな壁になると思っています。日本人は味噌、醤油、酒を中心とした米麹を使った食文化へのなじみも深く、身体に良いことも認知されていますが、米国での米麹の認知は高くないことに加え、食習慣や健康に対する考え方が大きく異なりますよね。この違いを埋めていくことが、我々の課題であり、チャンスでもあると考えています。

竹川:本当にその通りですよね。最近は米国でチャレンジする日本のスタートアップが増えていますが、ローカライゼーションの重要性を軽視しがちです。10年前と比べると、米国で起業する日本人は約10倍に増えています。しかし、成功している企業はまだ限られていますよね。米国の消費者ニーズをしっかり理解し、製品やサービスを適応させることが不可欠です。また、スピード感も日本とは大きく異なります。意思決定や製品開発のサイクルが非常に早いので、それに適応できるかどうかも重要な課題です。さらに、競争の激しさも日本とは比較になりません。常に新しいイノベーションが生まれる環境で、いかに差別化を図るかが成功の鍵となります。

(「Ramen Hero」長谷川浩之氏)

 

■「Ramen Hero」のケーススタディ

長谷川:「Ramen Hero」の場合、当初は日本のラーメン文化をそのまま持ち込もうとしましたが、うまくいきませんでした。利用者のかたに感想を聞くなかで、『ラーメンはComplete meal』と言われたことがきっかけで、なるほどと思いました。日本ではジャンクフードのような印象をもたれるラーメンですが、彼らからすると、ラーメンはタンパク質や野菜を豊富に含み、しかも10分程度で簡単に調理できる1皿『簡単で栄養バランスの取れた一食』と捉えるんですよね。
アメリカ人にとってのラーメンの位置づけを理解し、『Complete meal』である点を強調することで、より広い層に受け入れられるようになりました。
さらに、パッケージデザインにもこだわりました。日本的な要素を残しつつも、アメリカ人にとって親しみやすいデザインに仕上げています。例えば、漢字やひらがなは最小限に抑え、代わりに食材のイラストを大きく配置しました。これにより、商品の内容が一目でわかるようになっています。

小泉:まさにオリゼも今のお話と同様の課題に直面しています。日本では発酵食品としての価値を強調していますが、展示会への出展や現地視察などの市場調査をする中で米国では無糖添加(No Sugar Added)という点に注目が集まっていることを感じています。。特に糖尿病患者の多い米国では、この特徴が重要視されているんだと思います。そのため、米国に展開する中では現地をよく理解する必要があると考えており、パッケージサイズや味の多様化など、米国市場に合わせた製品開発を進めています。
具体的には、あえて日本を前面に押し出した抹茶やほうじ茶、ゆずのフレーバーを開発したり、アメリカ人に馴染みのあるシナモンやココナッツなど、現地の嗜好に合わせたフレーバーも開発したりしています。

(オリゼが米国で展開する共同開発商品の一例)

竹川:両社の例は、製品の機能的なベネフィットだけでなく、消費者のライフスタイルにどう溶け込めるかという視点が重要であることを示していますね。日本製というだけでなく、米国の消費者の日常生活にどう貢献できるかを考える必要があります。また、マーケティング戦略も大きく異なります。米国では、ソーシャルメディアやインフルエンサーマーケティングの重要性が非常に高く、これらを効果的に活用できるかどうかも成功の鍵となります。

■消費者ニーズを掴んだ製品改良の重要性

長谷川:米国市場に進出する際の最大の課題は、ローカライズだと思います。私たちは何百人もの消費者にインタビューを行い、製品を改良しました。例えば、当初は日本のラーメンの味をそのまま再現しようとしていましたが、アメリカ人の味覚に合わせて調整しました。例えば日本での平均的なラーメンに比べると塩味を抑え、若干甘味を強める、のような調整です。また、原材料も現地で調達可能なものに置き換え、コストダウンと安定供給を実現しました。
ユースケースでも、ラーメンは当初ラーメン好きな層に刺さるものだと思い込んでいましたが、結果的に多くリピートしてくれたのは家族層で、子供たちも含めて複数人で家で簡単に、それでいて美味しく楽しめる食事の選択肢として重宝されていることが非常に多かったです。このあたりは、実際にカスタマーたちに何人も話を聞く中でようやく共通点として見えてきたものです。

小泉:私たちも現在、米国の消費者ニーズを深く理解するためのリサーチを行っています。日本ではすでに発酵食品に対して健康的なイメージがあるので「発酵させた」「米麹由来の」といったキーワードで十分に価値訴求ができますが、米国では日本同様のやり方ではうまくいかないと考えています。米国では、「プロバイオティクス」や「アンチエイジング」などより具体的な訴求や製品ポジショニングが求められると思っています。

ただ個人的に思っているのは、「オリゼが持っている機能性が高く体に良いから食べる」ではなく、よりオリゼを中心とした米麹の魅力を機能だけではなく「文化的な価値」や「サステナビリティ」の面でも伝えていくことで売れていく製品を作りたいと考えています。そのために、現地に滞在し多くのユーザーインタビューも実施する予定です。

(株式会社オリゼ 小泉泰英氏)

竹川:素晴らしいですね。成功している企業は、常に消費者の声に耳を傾け、製品を改善し続けています。また、市場調査の方法も重要です。米国では、オンラインサーベイやソーシャルメディア分析など、デジタルツールを活用した調査が一般的です。これらを効果的に活用し、迅速に消費者インサイトを得ることが重要です。さらに、初期のユーザーからのフィードバックを積極的に集め、製品改良に活かす『アジャイル開発』的なアプローチも有効でしょう。
例えば、あるテクノロジースタートアップでは、ベータ版のアプリをリリースし、初期ユーザーから毎週フィードバックを集めています。そのフィードバックを基に、2週間ごとにアップデートを行うサイクルを確立し、急速に製品を改善していきました。この迅速なPDCAサイクルが、競合他社との差別化につながったのです。

 

■資金調達と投資家の役割

竹川:投資家の立場から言えば、グローバルな視野を持ち、柔軟に戦略を変更できる起業家を高く評価します。また、現地でのネットワーク構築にも注目しています。米国では、起業家のビジョンとそれを実現する能力、そしてマーケットの大きさを重視します。日本企業の場合、技術力は高く評価されますが、マーケティングやセールス面での課題が多いのが現状です。これらのスキルを持つ現地人材の採用や、現地パートナーとの協業も重要な評価ポイントになります。
また、スケーラビリティも重要な評価基準です。米国市場の大きさを考えると、急成長に対応できるビジネスモデルや組織体制が求められます。例えば、ある日本のBtoBスタートアップは、APIを活用した柔軟なシステム設計により、短期間で顧客数を10倍に増やすことができました。このような拡張性は、投資家にとって非常に魅力的です。

長谷川:投資家との関係は非常に重要だと思います。私の場合、初期の事業計画から大きくピボットする際も、竹川さんたちの支援があったからこそ乗り越えられました。米国の投資家は、単なる資金提供者ではなく、戦略的パートナーとしての役割も果たします。彼らのネットワークや知見を活用することで、事業を大きく加速させることができました。

小泉:我々もこれから本格的な米国展開を控えていますが、一筋縄では行かないと考えております。ときに苦しい場面が来るかもしれません。これまでも苦しい時期はありましたが、当社の株主含む投資家のみなさんと密なコミュニケーションがあったことで、サポートしてもらい、次の成長軌道を描けたと思っています。米国での成功に向けて引き続き投資家のみなさんとコミュニケーションを取り、資金以外の人脈や組織作りなどもサポートしていただけるように努めていきます。

 

■米国市場へ挑むということ

竹川:日本のスタートアップの可能性は無限大です。技術力や品質へのこだわりは世界でも高く評価されています。特に、AI、ロボティクス、バイオテクノロジー、そして持続可能性に関連する分野で、日本の強みを活かせる機会は多いと考えています。例えば、日本の『もったいない』精神を活かした循環型経済モデルや、高齢化社会に対応したヘルステック分野には大きな潜在市場があります。
ただし、技術だけでなく、それをビジネスにつなげる力も重要です。シリコンバレーのエコシステムを活用し、グローバルな視点でイノベーションを起こせる起業家が増えることを期待しています。また、日米のブリッジ役となる人材の育成も急務です。両国の文化やビジネス慣行を理解し、効果的なコミュニケーションを取れる人材が、今後の日本企業の米国進出の鍵となるでしょう。
さらに、日本政府や大企業との連携も重要です。例えば、J-Startupのような政府主導のプログラムを通じて、より多くの日本のスタートアップが海外展開にチャレンジできる環境を整備することが望ましいと考えています。

(CyberAgent Capital 竹川祐也)

長谷川:私の経験から言えば、失敗を恐れずにチャレンジし続けることが重要です。米国市場は一国だけでも大きく、プレイヤーも多く競争も激しいですが、その分学びも大きく面白い、取り組み甲斐のある市場だと思います。

これはアジアのカルチャー全般に言えることかもしれませんが、米国で暮らしていると日本の食文化やコンテンツが米国でどんどん広まっているのを街中で日々感じます。重要なことは、それらがどういう人たちに受け入れられて、なぜ彼らはそれを楽しんでいるのか?ということを本質的に理解することだと思います。なぜかというと、多くの場合それらは日本に生まれ育った私たちが思いもよらないような人たちや、想像していない観点で価値を提供していることがあるからです。

ある程度の長期間その地に暮らすことでしか見えてこない現地に息づく文化や慣習、人々の好みや関心事というのがあると思います。これらを理解した上で、日本文化やビジネス上の技術、オペレーション上でのノウハウや自分たちの強みやユニークさを活かして現地の人たちが欲しいプロダクトを作れるかどうかが、成功の鍵になるのではないでしょうか。
これから米国や他の国で事業やプロダクトを作ろうとしている方にとっては、実際に現地に足を運んでまずは1,2ヶ月程度滞在して、実際に商品を試してもらったり、できる限り多くの人と話すことからスタートするのは一つの良い手だと思います。


(Ramen Heroはカリフォルニアの大型スーパーでも売り切れ続出するブームとなった)

小泉:私たちはまさにこれからが正念場ですが、日本発の技術で世界の健康に貢献するという夢を諦めずに挑戦し続けます。米国市場は、イノベーションの発信地であると同時に、世界市場への入り口でもあります。ここでの成功は、他のグローバル市場への展開にもつながると考えています。
特に、SDGsやサステナビリティへの関心が高まる中、日本の伝統的な発酵技術を活かした製品には大きな可能性があると信じています。例えば、私たちのオリゼ製品は、健康促進だけでなく、食品廃棄物の削減にも貢献できる可能性があります(※廃棄される古米から安全に米麹由来の甘味料をつくることに成功し、廃棄を提供してくれる大手企業数社と提携している)。このような日本独自の価値観や技術を、いかにグローバル市場に適応させるかが今後の課題であり、チャンスでもあります。

また、日本国内のスタートアップエコシステムにも良い影響があると考えています。私たちのような企業が米国で成功することで、より多くの日本の起業家が海外に目を向け、チャレンジする勇気を持つきっかけになればと思います。

 

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日本の起業家のかたたちへ、この鼎談を通じてお伝えしたかったことは「失敗を恐れず、大きく挑戦し続ける姿」「スピードを持って進化する姿勢」「決して簡単ではないが、そこで得られる経験は将来の成功に繋げられる」といった点です。

米国市場という大きな舞台に挑戦を続けることが日本のスタートアップ全体の発展につながると信じ、私たちも挑戦を応援してまいります。

 

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