スイングバイIPOを目指すFlatt Security、GMO-IG参画で狙う事業加速の戦略と道筋/Monthly Pitch! アルムナイ
左から:Flatt Security 代表取締役CEO 井手康貴さん、執行役員CCO(Chief Creative Officer)豊田恵二郎さん
「MonthlyPitch アルムナイ」では、これまでにMonthlyPitchにピッチ登壇し、それを機に成長・発展したスタートアップの最新の動向をお伝えします。
GMOインターネットグループに参画し、これまでにない速度での事業成長と将来的なスイングバイIPOを目指す──。2024年2月、サイバーセキュリティ事業を手がけるFlatt Securityが次なる事業ステージに向けて、新たな打ち手を発表しました。
GMOインターネットグループは2月29日付でFlatt Securityの株式の66.6%を取得。約13億円で既存投資家から同社の株式を買い取ったほか、10億円の第三者割当増資を引き受けました。Flatt Securityでは新たに調達した10億円の資金とGMOインターネットグループの顧客基盤を活用しながら、将来的なIPOを視野に事業成長を目指すとしています。
yutoriやソラコムのIPOの影響もあり、スタートアップの成長モデルの1つとして注目度が増してきている「スイングバイIPO」。今回はFlatt Security代表取締役CEOの井手康貴さんと創業メンバーで執行役員CCO(Chief Creative Officer)を務める豊田恵二郎さんに、スイングバイIPOを目指すに至ったまでの背景やその狙いについて聞きました。
外貨を稼げる1兆円企業を作る
Flatt Security 代表取締役CEO 井手康貴さん
2019年2月にサイバーセキュリティ事業を開始してから約5年。Flatt Securityは今、大きな転換点を迎えています。創業時から井手さんが掲げていた「外貨を稼げる1兆円企業を作る」という目標に向けて、GMOインターネットグループへの参画という道を選んだ同社。その背景にはどのようなストーリーがあったのでしょうか。
「セキュリティ診断(脆弱性診断)のビジネスでしっかりと利益が出せるようになり、昨年にはセキュリティ診断の内製化を支えるSaaSの展開も始めました。会社の売上は年々成長を続けているのですが、一方でP/L(損益計算書)のサイズが一桁億円の会社としては成長角度(編注:売上を示す曲線の角度)が低いと感じていたんです。この成長角度をグッと引き上げられるような打ち手はないか。エクイティファイナンスなども検討する中で最終的に決断したのが、スイングバイIPOを視野に入れたGMOインターネットグループへの参画でした(井手さん)」
Flatt Securityは、井手さんや豊田さんが東京大学在学中の2017年5月に立ち上げたスタートアップです。当時の社名はFlatt。社名にSecurityの文字が入っていないことから想像がつくかもしれませんが、彼らが最初に取り組んだのはサイバーセキュリティではなく、10代から20代の女性をターゲットにしたライブコマースサービス「PinQul」でした。
当時は国内でライブコマースが話題を呼んでいた時期でもあり、PinQulも幸先の良いスタートを切ったように思われました。ただ井手さんたちが思い描いていたような規模の成長を実現するまでには至らず、1年後に事業のクローズを決断します。
もう一度、別の領域でゼロから挑戦したい。いくつか事業アイデアを検討する中でたどり着いたのが、現在のサイバーセキュリティでした。
2019年に始めたセキュリティ診断サービスは、高度な技術力を持つエンジニアが顧客企業のソフトウェア開発における脆弱性を診断し、セキュアな開発を支援するというものです。セキュリティ診断サービス自体は決して真新しいものではありませんでしたが、Flatt Securityでは「開発者に寄り添った診断サービス」をテーマに最新の技術スタックへの対応や開発者目線のレポーティングを始め、既存の事業者とは異なるアプローチを採りました。
このサービスが刺さったのが、「モダンな開発組織」です。近年はSaaSやDXの波の広がりとともに、自社の競争力に直結するプロダクトの開発を内製化する動きが加速しています。
Flatt Securityではこうした企業を後押しするかたちで少しずつ土台を固め、2023年8月には開発組織向けのセキュリティ診断を自動化するSaaS「Shisho Cloud(シショウクラウド)」をローンチしました。
まさにプロフェッショナルサービスとSaaSの組み合わせによって事業が新たなステージに突入しており、会社としてもさらなる事業拡大を見据えて、次の一手を考えるべき時期に差し掛かっていたのです。
決め手は「事業の相性」と「サイバーセキュリティへの本気度」
Flatt Securityは2024年2月、GMOインターネットグループに参画することを発表した。
写真は左から、Flatt Security 代表取締役CEO 井手康貴さん、GMOインターネットグループ 代表取締役グループ代表 会長兼社長執行役員・CEO 熊谷正寿さん
Image credit: GMO Internet Group
これまでFlatt Securityではライブコマース時代に一度、サイバーセキュリティ事業にピボットして以降も2019年と2021年にエクイティファイナンスを実施しています。
今回も当初から大企業へのグループインに絞っていたわけではなく、エクイティファイナンスを含めた複数の選択肢を検討していたといいます。井手さんによると、実際にパートナーの候補として複数社から出資やグループ会社化の提案があったそうです。
そのような状況下で、なぜGMOインターネットグループへの参画を決めたのか。井手さんは大きな理由に「事業の相性の良さ」と「サイバーセキュリティへの本気度を感じたこと」を挙げます。
「今回僕たちが最も重視していたのが、事業を最速で最大化できる選択肢は何かということでした。その点、GMOインターネットグループには大きな魅力があったんです。国内最大規模のITグループ会社であり、国内外の幅広い顧客基盤を活用すれば、さまざまな開発組織のセキュリティの課題解決に伴走できます。
会社としてもサイバーセキュリティ領域に本気で取り組むことを打ち出していて、2022年にはイエラエセキュリティ(編注:現在のGMOサイバーセキュリティ by イエラエ)をグループ化した実績もあります。
僕たちとしてもセキュリティに関心があればどんな企業でも良かったのかというと、そんなことはなかった。実は今回の取り組みも、代表の熊谷さん(熊谷正寿さん)から直接提案をいただいたことがきっかけなんです。それも含めて、この領域への本気度が伝わってきたことは大きかったです(井手さん)」
事業を最速で最大化させることにこだわった裏には、現状の成長スピードに対する危機感がありました。Flatt Securityの2023年4月期の売上は約2.8億円。直近の数字については公表されていないものの、2021年4月期(約8,100万円)、2022年4月期(約1.8億円)と着実に成長を続けており、現在もこの規模は拡大している状況です。
一方で経営陣の中では「この規模のスタートアップで、現在の成長率に止まってしまっている」ことに対して課題感を持っていたといいます。特に井手さんと豊田さんが言及していたのが「経営のレベル」についてです。
「投資家や経営者の人たちの話を聞いていて、複数の事業を継続的に伸ばしながら成長し続けられている会社は、そのための組織や仕組みが確立されていると感じました。僕たちの場合は、以前からそこが明確な弱みになっていたんです。自社のエンジニアのレベルがものすごく上がってきているにも関わらず、ビジネスの数字が追いついてきていない。これは完全に経営のレベルが足りていないということです。このままやっていては小粒な企業のままで終わってしまうという危機感がありました(井手さん)」
GMOインターネットグループはサイバーセキュリティのみならず、さまざまな領域の子会社を抱えています。例えばその1社であるGMOペイメントゲートウェイは2021年には時価総額が1兆円を超えたことがあるなど、井手さんが目指してきたような規模の会社がグループの中から誕生している実例があるわけです。
また同グループは「親子上場」が多いことでも知られています。豊田さんは「実際にスイングバイIPOを目指すとなった際に親会社から理解を得られるか、後押ししてもらえる環境があるか」をポイントに挙げており、子会社が何社も上場している例があることも、安心材料の1つになったといいます。
以前は「選択肢に入れたこともなかった」
もっとも、まだまだスイングバイIPOの前例は多くはありません。このキーワード自体は以前から使われているものの、2023年12月にyutori(ZOZOが支援)が、2024年3月にソラコム(KDDIが支援)が立て続けに東証グロース市場に上場したことで、再び注目度が上昇しました。最近ではFlatt Securityのようにプレスリリースや会社資料の中でスイングバイIPOを目指すことを公言する企業も少しずつ増えてきています。
井手さん自身も「以前は(大企業のグループに入るよりも)自分たちでやった方が上手くいくのではないかという思いもあり、選択肢に入れたこともほとんどなかった」とこれまでを振り返ります。
実はグループインにあたって、井手さんがアドバイスをもらっていたのがdely代表取締役CEOの堀江裕介さんです。delyは2018年にヤフー(現LINEヤフー)の連結子会社となり、「クラシル」を軸に事業を広げてきました。yutoriやソラコムといった先駆者の存在に加え、ヤフーグループに入った後のdelyの事業成長の話を堀江さんから直接聞いたことも今回の決断には大きく影響したと井手さんは話します。
「(GMOインターネットグループ側の担当者と)具体的なやりとりをしていても、明らかに一緒にやる方が早いなと感じるようになっていきました。(GMO側の)スピード感も早くて、2023年の年末ごろに検討を始めて、2月13日には正式に発表が出ている。あの規模の会社でこのスピード感には驚きましたし、改めて本気度を感じました(井手さん)」
グループインの議論が急ピッチで進んだのには、お互いの考えが一致し、Flatt Securityの考えや条件が尊重されたことも大きかったそうです。
冒頭でも触れた通り、今回Flatt SecurityではGMOインターネットグループから10億円の資金を調達しています。株主構成はシンプルになり、ほぼ経営陣とGMOインターネットグループのみに。経営陣は全員が会社に残って引き続き事業拡大に向けてコミットし、そこに新たな取締役として熊谷さんが加わる形を採っています。
「増資の金額や独立した経営体制の維持という部分にはこだわりを持っていましたし、従業員が関わる部分でも自分たちの思いを尊重していただきました。
熊谷さんや西山さん(取締役グループ副社長執行役員の西山裕之さん)、安田さん(取締役グループ副社長執行役員・CFOの安田昌史さん)、内田さん(グループ常務執行役員でグループ投資戦略室長の内田朋宏さん)が何度も対話の場を設けてくださったことで円滑に進みました(豊田さん)」
大胆な戦い方で、1兆円企業を目指す
Flatt Security 執行役員CCO 豊田恵二郎さん
グループインが決まる直前の数ヶ月間。GMOインターネットグループとのコミュニケーションと並行して、Flatt Securityの経営陣では社内向けのコミュニケーションにも多くの時間を使ってきました。「このテーマでウェビナーを開催できるくらいには、色々と試行錯誤をしました」と豊田さんは話します。
「自分たちはセキュリティ診断で利益を生み出せており、新規事業にも投資ができるような状況の中で、さらなる攻めの一手として今回の決断をしました。ただM&Aと聞くと『会社が潰れそうなのかもしれない』とネガティブなイメージを持たれる人もいるかもしれません。だからこそ、社内向けの解説やQ&Aをまとめたドキュメントを用意し、経営陣それぞれがブログで思いを綴り、1on1の機会を改めて設けるなど、とにかく社内におけるコミュニケーションに力を入れました(豊田さん)」
こうした取り組みの効果が出たのか、グループインの発表から3カ月半、豊田さんの話では今のところは社内に良いモメンタムが生まれていると感じているそうです。約40人の従業員のうち、GMOインターネットグループ参画のタイミングで会社を離れたのは1名のみ。特にエンジニア採用の部分では「組織が目に見えて成長している」状況だといいます。
今まで以上に「大胆な戦い方」で、外貨を稼げる1兆円企業という目標を目指して──。世界を見渡すと、サイバーセキュリティの領域では設立から約3年で評価額が100億ドルを超えたWizのように、急成長を遂げるスタートアップが続々と生まれています。
GMOインターネットグループに参画することで、これからFlatt Securityがどのような成長曲線を描いていくのか。今後の同社からも目が離せません。