ChatGPTと自社開発「棲み分けポイント」はココーーAI旅行相談のAVA Travel【CACテックインサイト】
写真左からAVA Intelligenceのエンジニア髙橋直也さん、代表取締役の宮崎祐一さん。聞き手はサイバーエージェント・キャピタルのテクニカル・マネージャー速水陸生
CACテックインサイトはサイバーエージェント・キャピタルのテクニカル・マネージャー、速水陸生がスタートアップのテックインサイトをお聞きするシリーズです。ChatGPTをはじめ、テクノロジーが大きく動く今、各社の技術的な取り組みをお伝えします。
ChatGPTを素早くサービスにインテグレートした事例として、財務情報を分析するジュリエット、ウェブ知識をGPTで要約するソーシャルハイライターGlaspのテックインサイトをお伝えしてきました。今回は旅行ガイドの「AVA Travel」の事例をお伝えします。
AVA Travelは国内の観光スポットや体験アクティビティ・レストランなどの旅行情報がひとつのサイトで見られる旅行ガイドサービス。観光ガイドブックのように直感的に「行きたい場所」を探し当てる導線設計が特徴です。
今年3月にはChatGPTを取り入れ、LINE経由でAVA Travelの観光ガイドコンテンツを利用できるようにし、7月にはWeb対応も発表。そして8月には観光アクティビティの予約サービス「アソビュー」との連携も立て続けに発表しています。
本稿では開発するAVA Intelligenceの代表取締役、宮崎祐一さんと開発に当たったエンジニア、髙橋直也さんに開発の裏側をお聞きしました。
Web検索は「ロボット」の方が得意
ChatGPTを活用した旅行相談サービスがWebにも対応
あらためて読者のみなさんにAVA Travelについて簡単におしえていただけますか?
宮崎:AVA Travelは簡単に言えば「旅行提案サイト」です。コンセプトは、「旅行に行きたいと思った時から、実際に旅行に行くまでのステップ」をサポートすることで、既存の予約サイトでは、目的地を入力しないとホテルや価格の検索ができないため、行き先が決まっていなくても使えるサイトを作りたかったというのがきっかけですね。
旅行相談窓口に行くと、たとえば平日の夜でも渋谷などでは1~2時間待つこともあります。そんな中、自分の好みや条件から適切な旅行先が提案されると便利ですよね。そして、ただ単に「ここへ行きます」というだけでなく、行った先で何ができるのかも重要です。そこで我々は全国の旅行観光情報、観光スポット、ホテル、グルメ、それを提供するレストラン、体験アクティビティまで、ありとあらゆる旅行に関する情報を一まとめになっていて、それらの中から、好みや条件に合ったものを簡単に見つけることができるWebサービスを開発しています。
サービスのリリース時期は確かコロナの直前でしたよね
宮崎:ベータ版をローンチしたのは2019年の8月頃で、コロナの約半年前ですね。
AVA Intelligenceさんといえばやはり機械学習ですが、そこに特化したところから開発をスタートしたのか、それとも旅行の問題解決に特化しようと思って始まったのか、どちらなんですか?
宮崎:旅行というテーマは完全に後付けで、元々はインターネットで誰でも簡単にいろんな情報が手に入るようになったけれども、多くのサイトが乱立していて、どのサイトのどの情報が自分に合っているのか判断するのが難しいですよね。
例えば、旅行の計画を立てる際には、ホテルについては楽天を見たり、観光スポットについては旅行メディアを見たり、航空券はメタサーチを見たりと、とにかく10個や20個のサイトを見て自分たちで情報を集めることが必要になります。
正直なところ、インターネットからの情報収集は人よりもロボットの方が膨大に、かつ簡単に行えますし、その集めた情報をセレクトし分析していくのも、人よりもロボットの方が早く、得意だと考えています。膨大な情報収集と、そこからユーザーの好みに応じたセレクションをロボットが自動で行う、そんなコンセプトで始まりました。
確かにロボットに探してもらおう、と考えるのは自然ですよね
宮崎:このアイデアに賛同したメンバーが集まってチームを作り、「何を始めるか?」という問いに対して、旅行業界という選択は後から付け加えました。私自身も旅行が好きで、前職で旅行業界に関する知見もあったので、最初のマーケットとして旅行を選んだ、そういった流れです。
ChatGPTで開発計画が1年前倒し
データ収集と分析の専門家、スペシャリストのチームづくりが先だったんですね
宮崎:そうですね、その方が先です。
今回、ChatGPTを用いて新しい機能やサービスをリリースされたと思うのですが、ChatGPTがリリースされた際に感じた時代の変化などどう思われました?
宮崎:私たちは自分たちでAIを作り、レコメンドをやってきましたが、AI以前にやることが多くて、AIの開発はいつも後回しになっていたんです。しかし、ChatGPTの登場により、私たちが元々やりたかったことが先に実現できるようになりました。簡単に言えば、半年から1年程度の計画を立てていた事業が、ChatGPTのおかげで前倒しになったというわけです。
1年前倒しは非常に大きな変化ですね
宮崎:元々自分たちで作るとなると、詳しい人材が必要だとか、いろいろと課題があったんです。しかし、今はデータアナリストでなくてもAIの開発ができるようになってしまったんです。現状のチームで全く拡大することなく、1年先の考えだったことが、今すぐにできてしまうんです。
ということはChatGPTの登場で「やられた!」と思ったというよりは、1年先の事業計画が前倒しになってラッキーという意識の方が強かったですか?
宮崎:弊社の場合はマイナスはありませんでした。というのもChatGPTはそのままではまだまだ使いづらい部分があります。例えば、旅行を提案するにあたっても、その旅行の情報を持っている企業との連携課題などがありますよね。
一方、自分たちが元々持っているデータや技術があれば、それとChatGPTと組み合わせることでゼロベースで作る以上のものを素早く作ることができます。その観点からみると、先にやられたという感覚は正直なかったですね。
AIを作る以前にやらなければいけないことが多く、その準備に時間を割いていたと言われていましたが、具体的にはどのような部分ですか?また、導入にあたっての工夫や裏側の話があれば教えていただきたいです
宮崎:元々、ユーザーが納得する旅行提案の情報の質を高めなければならないため、提案するそもそもの旅行データを集めていました。これが、ChatGPTが出てくる前に我々が一番注力していたポイントです。ただ、データの質だけでなく、それをユーザーの好みに合わせて提案するという観点もあるんですね。
つまり、ただ箱根が温泉で有名だという情報をまとめるだけでなく、どのようなタイプの人に適しているかということも考えて、データを整理しておく必要があったんです。だからChatGPTが出てきたときには、すでに準備していたデータを投入することでスムーズに運用できました。
ChatGPTと自社開発の棲み分けポイント
実際にこういった旅行のデータはどのあたりまでカスタマイズしているのでしょうか?
宮崎:旅行先や観光スポット、ホテル、レストランなどを提案する各要素についてのプロンプト(命令)が存在します。これらの提案する元となるデータはAVA Travelが持っているデータです。また、それぞれの特徴や説明文などは基本的に我々が所有しています。ユーザーの好みを解析するのはChatGPTで、これらのデータと掛け合わせて、ユーザーの好みに合わせた提案を行う形になります。
高橋:全てをChatGPTに任せてしまうと、時折嘘が生じたりすることもあるんです。そこで我々は主にChatGPTに二つの役割を持たせています。一つ目は、ユーザーの要望を理解すること。二つ目は、その要望に対する提案をテキストとして生成することです。この二つがChatGPTの強みであり、我々が活用している主な部分です。
ChatGPTがユーザーからの入力とユーザーへの出力のインターフェースの役割を果たし、中間の考えるという部分はAVA Travelが独自に開発しているという組み合わせになるんですね?
高橋:考えるという部分では、既に開発していたAPIなどを活用しています。これにより、効率的にシステムを稼働させることができたと思います。
結構多くの方が考える部分をChatGPTに任せようと考えているんですよね。ただ、AVAさんはその部分を自前で開発し、ユーザーインターフェースの部分でChatGPTの技術を活用している、というわけですね。
宮崎:確かに弊社の場合、自分たちのデータを使って考えるところは、元々自分たちで持っていました。最初はChatGPTに考えさせる部分も試していましたが、例えば温泉の提案にしても、ChatGPTは日本国内のデータをそこまで持っていないんですよね。それに対して、弊社の方がよりマニアックな温泉地を提案できるので、徐々に考える部分を重視するバランスに切り替えてきました。
ChatGPTの組み込みなんですが、埋め込み技術などを使っていますか?それとも自前のデータをChatGPTに入力するという形をとっているのですか?
高橋:僕らが持っている情報をテキストとしてChatGPTに入力するという意味で、埋め込み技術を使っています。もう少し細かく言うと、我々はエンベデイングAPIは使わず、ChatGPTのAPIを利用しています。ただ、エンベデイングAPIにも弊社のロジックや機能がパワーアップする可能性があると考えていて、これからその部分の検討も進めていく予定です。
ユーザーからの入力やChatGPTからの情報を整理し、それに基づいて検索を行い、得られた情報をテキストとしてプロンプトに入れ、そのプロンプトをベースにChatGPTが回答を生成するという形になっているのですね。情報の収集から選定、そして出力までを自社でしっかりと作り込んでいるからこそ、ChatGPTに任せる仕事がそこまで多くないということですね。
しかし、一方で、ユーザーとの対話のUIはChatGPTの方が優れていると感じる人も多いのではないでしょうか。それがLINEでのサービス展開につながっているのかと思います。実際、ユーザーからのフィードバックや自身たちの想像に基づいて、その点についてどのように感じていますか?
宮崎:全然違いますね。元々あったポータルは、将来的にもう少しパーソナライズされた、何か面白みのある提案を出すためのUIUXとしてどうしたらいいか、後の課題としていました。現状のポータルは、正直言ってただのフィルタリングと変わらないです。
自分が好きな条件を選び、それに合わせて結果が表示される形です。具体的に「特にかく美味しいご飯がある温泉地に行きたい」など、より自由な形での検索ができないのが現状です。それが、ChatGPTを使うことで自然言語での検索が可能になり、対話形式で情報を得られるようになったのが大きな変化です。
スピードを優先させたLINEでの実装例
その変化をいち早く実現できたのが、LINEでした。LINEを検証ツールとして使いながら、ユーザーがどういうふうに質問しているのか、何が解消すべき課題なのかなどがわかってきました。そしてそれをベースに組み込んだのが現在、リリースしているWeb版のサービスです。
Web版はLINEと違った入力方法やユーザーからの提案など、将来的にはよりリッチな体験ができそうで楽しみですね
宮崎:Webならではの、LINEではできないようなUIUXを実現するべく開発に取り組んでいます。両方のサービスを出してみたからこそ得られた、ユーザーの体験に基づいた提案を行えると思います。
対話という部分がChatGPTで大きく表に出てきたと思います。Webポータルからパーソナライゼーションを実現するのは困難な印象がありました。一方で、対話を通じて短期間でユーザーのパーソナリティを理解し、システムがそれを反映できるようになる、そういう形のユーザー体験が提供できるようになったのかと感じました
宮崎:その通りですね。対話を通じてユーザーの属性を特定するようなパーソナライゼーションは、正直まだ実現していませんが、これから取り組みたいテーマです。対話を続けることでユーザーがどういう人物なのかを理解し、結果的にパーソナライゼーションが進むと思います。特に、ボタンを増やすという方法ではなく、対話を通じてユーザーの考え方や好みを深堀りしていくという形です。少なくとも現状のWebサイトよりもパーソナライゼーションが進んだと感じています。
パーソナライゼーションというと、Amazonのレコメンド機能などが一般的に有名ですよね。それはユーザーの行動ベース、つまりどの商品を見たり、購入したりするかに基づいて出力されますが、AVA Travelでもここが大きくかわったと?
宮崎:そうですね、より簡単になりました。今まで何かをクリックしてもらわないとデータも取れなかったんですが、一連の会話の中で、入り口からデータが自然に得られるようになったという点が、より早く簡単にできるようになったと結果論として感じています。
以前のサービス形態と比較できる状態にあるAVA Travelならではの視点ですよね
宮崎:ChatGPTを活用して全く異なる事業にピボットした会社も多く存在しますが、我々は本当に根幹部分でChatGPTをうまく活用できていると自信を持っています。そして、それが元々やりたいと考えていた事業計画を前倒しで進め、より高品質で早く実現することができたと感じています。
思えばコロナとChatGPTという二つの大きな波が直撃しましたね
宮崎:確かにコロナ禍は大きな逆風でしたが、今度はChatGPTでそれが追い風に変わったと感じています。結果を出すためには認知度向上などの課題もあって、ユーザー数が増えているので、それをしっかりとユーザーに届けるというマーケティングの面でもまだまだ改善の余地があるなと感じています。こういった課題を乗り越え、みなさんに愛されるサービスにしていきたいです。
スタートアップの中で、タイミングの良さは重要ですよね
宮崎:その通りですね。
ありがとうございました